春頃から、施設に帰るとギターの音が聴こえてくるようになった。
弾いている彼、学年は1個上だったか、入所も私より早かったはずだ。
もう1、2ヵ月経つだろうか、ほとんど毎日飽きもせず弾いているギターとは、そんなに面白いものなのか。
ある日尋ねてみた。
「ねぇ、それ面白い?」
少し顔を上げ、それが自分への問いであるとわかるとぶっきらぼうに答えた。
「別に面白くねぇよ」
「面白くないのに毎日毎日弾いてるんだ。何それめっちゃ面白いじゃん」
部活のためでもなく、文化祭のステージに出演するためでもなく、好きなバンドがいるだとか、弾きたい曲があるわけでもないそうだ。
なんのためにそんなに熱心に練習しているのか。
いくつか質問してみても要領を得なかったが、私のギターに対しての興味は増した。
「ねぇ、私に弾き方教えてよ」
「嫌だよ、そんな時間ねぇよ」
「文化祭とかの期限があるわけでもないのに?」
「教えてやる義理もねぇよ」
「人に教えると理解が深まりやすいってよく言うじゃん」
それもそうかと思ったのか、「たまにな」と意外にすんなり了承してくれた。
それから約1年、季節はめぐりまた春が来ても、彼は飽きもせず毎日ギターを弾いていた。
私も彼に教わってそれなりには弾けるようになっただろうか。
その日も彼のギターを借りて、流行っているらしい曲を弾いていた。
「そのギター、やるよ」
「え、くれるの?なんで?」
「退所したら新しいギター買うから」
「えー、やった。ギター結構面白いよ」
「別に面白くねぇよ」
そういえば、なぜ彼は、彼曰く面白くもないギターを弾き続けているのか。
彼にギターを教わり続けたこの約1年に再び尋ねたことは無かった。
「なんで面白くも無いギターを毎日毎日弾き続けてきたの?」
答えが返ってくる期待はあまりしていなかったが、彼は真剣な顔で答えた
「いいか?バンドはファミリーなんだよ」
「え?」
「俺はここを退所して自分ひとりで生活し始めたらな、バンドを組む」
「うん、いいね」
その後は、バンドは喧嘩しながら自分たちの曲を作り上げ、日本全国にボロボロのバン1台でライブをしに向かい、寝ても覚めても音楽のことを一緒に考え続けるのだと。
実際に自分が体験したことかのように語った。
こんなによく喋る彼を見たのは初めてだ。
笑ったところも見たことないし、感情が動いているのを見たことが無い彼が、この時は楽しそうな気がした。
「いいか?だからバンドはファミリーなんだよ。」
最後にまた繰り返す。
バンドはファミリーなんだと。
そういった彼は、少し、でも確かに笑っていた。
初めて笑った彼を見た。